オープンカー コペンをレンタルして四国一人旅①
大学院生としての最後の夏休み終盤、学会発表で香川県に行くことになりました。
せっかく四国まで行くので、学会発表後は四国をレンタカーを借りて一人旅をしてみようかと四国のレンタカー屋さんを調べると、なんとコペンが借りれるレンタカー屋さんがあったので速攻予約!
四国と岡山にある平成レンタカーさんです。
予約をしてみたものの、AT車がくるのかMT車がくるのかわからないのですこし不安でした。
HPを見ると平成レンタカーさんでは、ATとMTのコペンが2台ずつ用意されているようです。
免許的にはATもMTも運転できるのですが、久しぶりのMT車の運転って不安ですよね…笑
予約時間に、店舗に行くと待っていたのは……
イエローのコペンXPLAY…派手!!笑
そしてMT車!!
走りの5速!!(っていう謳い文句最近は見ないですねw
結論から言うと
MT車に乗ることができてよかった!
その一言に尽きます。
このご時世にMT車はなかなか乗る機会はないし、さらに軽オープンカーという特殊な車をレンタルできることができてよかったと思います。
MT車に乗るのは、教習車以来でした。
そのため最初はギクシャクしましたが、次第に慣れていきました。
クラッチは軽自動車にしては少々重い(反発がある)ほうかな?
エンジンはターボエンジンということで速い速い!
MTとの組み合わせで、運転がとても楽しかったです。
高速道路への合流も不満なし
5速80キロで3千回転ほどまわりますが、屋根をしめてるときには騒音などの不満はありませんでした。
で、
どうやってオープンにするのか?
といいますと
停車した状態で
天井の左右2箇所にあるロックをオープン!
サイドブレーキ横にあるボタンを押します
センターコンソールにあるこのランプが点灯中はボタンを押し続けます
このようにランプが消えたらオープン完了です!
閉める時は逆の手順。
この操作については、レンタカー屋さんの店員さんが丁寧に教えてくださいました。
受け取りが高松市で15時半で、19時までに松山の友人宅を訪ねる予定でしたので
松山自動車道に乗っていっきに移動。
しかし、大きな誤算が……
GoProHERO5 Black による車載動画からキャプチャ
四国の高速道路はトンネルが多すぎる!
よって、オープンにしてるとけっこう耳が疲れました。笑
ただ、窓を閉めると風の巻き込みが軽減されるのは新しい発見でした。
温泉につかったあとは友人宅に宿泊!
そして、2日目は国道33号線を使って高知に出てから高松へ戻りました。
こんな感じのワインディングロードを松山からひたすら高知(太平洋側)に向かって走ります。
この日の天気は悪くて屋根を閉めている時間が長かったのですが、
「MT車でワインディングロードを走る喜び」を大いに感じることができました♪
道中、浅尾沈下橋に寄り道。
橋の欄干がないというのは怖いものですね…w
太平洋側に出たら、横浪黒潮ラインへ。
元有料道路ということで、整備されたワインディングロードでした。
晴れていれば、海がもっときれいに見えたんだろうな~晴れていれば……。
高知にきたから、かつおを食べねば!ということで
高知市のひろめ食堂にむかいました。
本場で食べるかつおの叩きに感動
いや、ほんとうに感動しました。塩だけで食べるかつおの叩きがこんなにうまいとは……。
食後は高知城を見学。階段多くてなかなか本丸までたどり着けなかった。
高知市散策後は、高速代をケチって高知道に乗らずに国道32号線で高松の宿に戻ります。
道中、国道をはずれ「四国の秘境」といわれている祖谷渓に立ち寄る。
祖谷渓に向かう県道32号線は狭くて対向車との離合に難儀しました……。
祖谷渓の小便小僧
いったい、誰がなんのためにこんなところにこんなものを……w
狭い道を走り抜け、国道32号線に復帰できたときにはほっとしましたよ
ところどころで渋滞に巻き込まれつつ20時前には高松市内のホテルへ戻ってまったり。
すっかり、コペンの魅力と四国の自然にハマりかけていることに気がつきました。
追記: 翌日は四国カルストへ行きました。
オープンカーの悦びを知りました。
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ヘルメット貸し出しがある公園、養老天命反転地に行ってきた
せめて、1週間に1回はブログをあげていこうかと思っていましたがすっかり放置でした。
現在、学生最後の夏休みである私は地元静岡県に帰省し、そこを拠点に夏休みを満喫しております。
そこで、先先週の日曜日は岐阜県の「養老天命反転地」というイカツイ(?)名前をした公園にいったのでそのことについて書いていこうかと思います。
養老天命反転地とは?
最近、グーグルのCMでも流れています。
なんとなく雰囲気はこれでつかめるかな…?
公式HPには以下のように公園の概要が記載されています。
世界的に有名なアーティスト、荒川修作氏とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズ氏の30数年に及ぶ構想を実現した、身体で直接体験できるアート作品です。
ここでは、皆さまが身体を使い、バランスをとりながら、私たちの身体の持つ様々な可能性を見つけることができます。予想もつかない"不思議"と出会える空間をぜひお楽しみください!
公式HPより引用
公式HPを読んでいて驚いたのが、
-
- ヘルメット及び運動靴の無料貸出しをしておりますので、ミュージアムショップにお申し出ください。
- 万一ケガをされたお客様は、ミュージアムショップに救急箱を常備しておりますので、お近くのスタッフにお声をおかけください。
- なんと、ヘルメットの貸し出しがあるということ。
- 「日本一破天荒な公園」とも呼ばれているが怖すぎる……。
実際に行ってみた
入場料は大人750円。
入口でちゃんとヘルメットの貸し出しがされていましたw
しかし、実際にヘルメットを借りている人はいない模様……。
こんな感じで元からある地形の起伏を活かした公園になっております。
もっと予習していけばよかった……。
とにかく、汗だくで一通り見て回るので精一杯だったというわけです。
(なんのレポートにもなっていない
これから行く人へ
あまり写真もとれてなくて思っていた以上に記事が短くなりそうなので追記。
これから養老天命反転地に行く人の参考になれば幸いです。
1.動きやすい服装でいこう
なんせ、ヘルメットの貸し出しがある公園ですからね(3回目
足場が不安定なところ、勾配が急な坂を上り下りします。
サンダルよりもスニーカー、トートバックよりもリュックなどで行くことをおすすめします。
2.汗っかきの人は秋に行こうw
自分が行ったときは曇りで比較的涼しかったのですが、8月の湿気が多い時期に起伏の多い公園を散策している うちに汗をかきまくり悲惨なことに……。
幸い、熱中症にはいたらなかったのですが汗ダラダラで恥ずかしかったですww
そういうわけで、汗っかきの人は涼しい時期に行きましょう!
(とくにデートなので行く場合は
3.パンフレットをよく読もう
入場時に渡されるパンフレットにはその建物(展示物)がどのようなコンセプトで建てたられたかが書かれています。これを読んでから公園内を散策するとより一層楽しめると思います。
もっと公園について予習してから散策すればよかった…とあとでパンフレットを読んで公開しておりますw
また、インスタ映えする写真が撮れる公園だと思うので、そのような写真を一通りチェックしていくのもよいかもしれませんね。
そんな感じで公園を散策するだけでもとても疲れた1日でした。
このあと、滋賀のほうにも足をのばしたのでまたそのときのことについても書きたいと思います。
2017夏 関東最大の廃村 秩父鉱山までドライブ
「学生最後の夏休み、行きたかったところへは行っておこう」
ということで、ずっと行ってみたかった秩父鉱山へ。
この鉱山は、2005年あたりだったかな?
なぜか小学生の時点で廃墟サイトを訪れていたときに気になり始めて
ずっと訪れてみたかった場所です。
しかし、当時は静岡県に住んでいて車の免許も当然ありませんでした。
親に、「秩父の山奥にある廃村に連れてって」なんて言えるわけがありませんw
現在は、神奈川県に住んでおり、自動車免許も取得。
車はないが、カーシェアの会員権はあるので車を借りて行ってきました!
2017年夏現在の、秩父鉱山(ニッチツ鉱山)の様子が伝われば幸いです。
秩父鉱山とは?
一言で言えば「かつて山奥の鉱山採掘場所の周りに、就業者とその家族たちが暮らす一つの村があった」
という感じでしょうか?
今回、初めて訪れるにあたってもう一度インターネット上の情報をかき集めることにしました。
おおまかにまとめると
- 1600年、鉱山が発見される
- 1765年、金の採掘のために平賀源内が入山
と、思っていた以上に歴史がある鉱山だということがわかりました。
- 1937年より株式会社ニッチツが大規模に採掘を開始(そのため「ニッチツ鉱山と呼ばれることも多い)
- 1978年、金属採掘をやめる。以後、規模を縮小して現在は石灰などを採掘している
現在も、鉱山自体は規模を縮小しつつも現役であるということです。
また、現役であるため今でも鉱山に通じる細い道をダンプが走っているとのこと(!
- 最盛期には、鉱山周辺に2000人ほどが暮らしていた
- 社宅、共同浴場、病院、学校、商店、文化会館などもあった
地図を見ていただければわかると思いますが、秩父鉱山はかなり山奥でありアクセスがしづらいところにあります。
しかし、そんな山奥にかつて栄えた村があったというわけです。
そんな秩父鉱山へ2017年夏、学生最後の夏休みに
一人で出発。
秩父鉱山へのアクセス
私の住んでいる神奈川県から、秩父へアクセスするため
東名→中央道→雁坂みち
山梨から秩父へ抜ける道を選択。
東京方面からは、関越→国道299号線→国道140号(雁坂みち)
という感じかな?
(今回も車窓風景を撮影するために GoPro HERO5 Black を使ってます。
雁坂トンネル有料道路。
山梨と埼玉を結ぶ重要路線!東京湾アクアラインのトンネルの次に長いそうで。
雁坂みちをしばらく走り、滝沢ダムへ出たところの交差点を左折し「中津川」方面へ。
県道210号線へ。
カーブが多く、ところどころ落石もあるがセンターラインのある快適な道路をしばらく走る。
そして、だんだん道が狭くなるw
こんなところでダンプとすれ違いたくないと思いつつ、ライトを点灯し、カーブミラーをしっかり確認しながら慎重に進む。
小さなトンネルをいくつか通り…
(スピード感ある写真だが、実は最徐行中
なかなか迫力のある手掘りのトンネルを抜けて…
秩父鉱山着!!
(今回のドライブのお供はインプレッサ
秩父鉱山散策
廃墟探索にはいろいろんなリスクがあるので、とりあえず外から眺められる範囲で。
こちらは、現役!関東で最も到達困難である郵便局であるとか。
・石灰石採掘場?
一部は現在も現役で稼働している場所です。関係者の方の迷惑にならないように!
・共同浴場跡
ちょっと前に訪れた方のHPで見た「男湯」「女湯」のプレートは無くなっていました。
歩きタバコはやめましょう。
・商店跡
すこしずつ朽ちていっています…
・社宅だったと思われる建物たち
比較的新しそうで
比較的古そうな
自然に還りつつある……
・おまけ
こちらにも、歩きたばこを注意する看板が。
社宅から鉱山へ向かう方たちが歩きたばこしていたんでしょうね。
今となっては、人通りのない細い道。しかし、最盛期は活気にあふれていたということを示してくれる証ですね。
こんな切通しの道路も
当時は社宅と商店や学校を行き来する、鉱山で働く人たちとその家族の笑い声が響いていたのかもしれません。
なんとなく寂しい気持ちになったところで帰宅の途につきます。
秩父鉱山散策の注意点
建物・社宅群には立ち入り禁止
基本的に秩父鉱山周辺の廃墟は株式会社ニッチツの管理下であり、立ち入り禁止です。
「無断で立ち入り者を発見した場合、警察に通報する」との注意書きがそこらじゅうにあります。
すこし前までは、小学校跡などは事前に許可を取れば見学をできたそうですが今はできなくなっています。
そのため、今回の散策は廃墟たちを道に沿って眺めるだけに留めました。
本当は、小学校跡などもある社宅群のほうへ近づきたかったのですが、
入口となる橋が上記の注意書きを添えて閉鎖されていたため潔くあきらめました。
建物の老朽化や、夏なのでマムシ出没などさまざまなリスクがありますからね…。
鉱山で働く人の迷惑にならないように
規模が縮小したとはいえ、秩父鉱山は現役の鉱山です。
鉱山関係者の車両を優先するように!
また、そのような状況で散策時に車を停めるときには、迷惑にならない場所かどうかよく考えて停めるように!
虫・動物に注意
夏だからか、いろんな虫がぶんぶん飛んでいました。
虫よけスプレーや、長袖長ズボンで行ったほうがいろいろと余裕を持って散策できたのではないかな、と思いました。
少し前に散策された方のHPを見るとマムシと遭遇した方もいるので、草むらなどには入らないように注意しましょう。
帰路
帰りは、国道140号線を山梨方面ではなく、秩父市街地から299号線を使って八王子へ抜け神奈川の自宅へ帰りました。高速代節約w
国道140号線、秩父市街地に入る手前あたりの「道の駅大滝温泉」にて遅めの昼食。山菜そば。山の中で食べる山菜そばはうまいw
そして、温泉へ入浴。大人700円。
お肌がつるつるに。
まとめ
片道4時間掛かりましたが、昔HPでみた廃村を実際に訪れることができて大満足です。
ただ、近年の大雪などの関係で廃墟の損傷が進んでしまったことや、立ち入り禁止が厳しく制限されてしまったことが残念に思います。仕方のないことですが。
廃墟群が解体されることも考えられるだけに、その前に訪れてその場の雰囲気だけでも味わうことができたのは幸運だったと思うべきかもしれません。
最後の夏休みは何をするべきか
なんなくはじめたブログですが、さっそくさぼり癖が。。
自分は、大学院修士課程2年なので今年が最後の夏休みになります。
本来4年間だけ通う予定だった大学にさらに2年通い、モラトリアムを延長したわけです。
しかし、そんな大人であり、学生という半分守られた良い意味でも悪い意味でもぬるま湯状態もあとすこし。
そこで最近思うのが、
大きくわけて2つあります。
①今しかできないことをする
のか
②将来のことを考えて、ちゃんとした金銭感覚をつけ貯金をする
どちらを優先するか?
①では、まじめな意味では研究や勉強も含まれます(しなければ卒業できないw
そのほかでは、社会人になったらあまり時間が取れないだろうし旅行とか。そこまで、おおげさでなくても趣味のドライブで言ってみたかった場所に行くことですかね。
②では、「将来の夢」にむけて今からちゃんとした金銭感覚を身に着けてお金を稼ぐ貯める、という意味で。
まぁ、「将来の夢」なんておおそれたものではなくて
ただ自分の車を買うためにお金を貯めたい。ただそれだけですね。。笑
私の住んでいる地域では、電車があるため自家用車を持つ必要が無い。
そして月極駐車場が一月2万円。
土日のために趣味として自家用車を持つのは、クルマ好きじゃない人からしたら無駄な出費であり、馬鹿なことだと思われるでしょう。
しかし、私は小さい頃からクルマ好きなので「マイカー」というものを所有したい!
そんなわけで、いまから頭金貯金ぐらいはしておこうかな、と。
マイカーを買うのが無理そうでも、今後どうなるかわからないのでお金をうまく使う方法を勉強しなければ。
ちなみに、現在は「タイムズカープラス」というカーシェアを使ってドライブに出かけています。自分でクルマを所有するよりは、圧倒的にお得です。
しかし、この便利なシステムでドライブに出かけてしまい、夢のマイカーのためへの貯金ができていないような……。
地元に帰省すると、地元の家にある車を借りてついついドライブに出かけてしまいます。
結局のところ、あとわずかな学生生活は
お金は無いけど、時間はある
ので、今のうちに行きたいところへ行っておくべきなのかな。
もちろん、社会人になるために「お金」について勉強しつつ。
ただ、今後はお金を稼ぐために自由な時間を犠牲にしないことを気をつけたいと思います。
院生なのにバイトのほうが楽しくなって研究活動がおろそかになっている人を見たので。
というわけで、今年の夏の目標
- 行きたいところには行っておく
- 本をたくさん読む
この2点ですね。
前置きが長くなったけど、結局は今のうちに遊んでおきたいww
それで沢山の本を読みたい。就活中は読書する余裕がなかったので。
5年後とか10年後の自分が、今の自分をみて「もっと今のうちに勉強しとけ!」とか「もっと遊んどけ!」、「意外と社会人も楽しいぞ」と言うのか。どうなるかな~。
社会人の先輩方に、最後の学生生活をどのように過ごして、戻れるなら何をしたいか聞きたいところであります。
無理してGo Pro買わなくてもいいんじゃない?レンタルという選択肢
先日、今回のタイトルと矛盾するようなこんな記事を書いていたわけですが……笑
そろそろ、さらに機能が進化したGoPro HERO6が出そうな雰囲気がありますが……
「学生最後の夏をGoProで記録したい。」
ということで
HERO5 blackをちょっと無理して購入してしまいました。(貧乏学生なのでけっこうキツい
しかし、最近はGoProを購入するのではなくレンタルするという手段があると・・
自分と同じように、金銭的に余裕が無い学生でも「夏休みをGoProで記録したい」とか、「GoPro流行ってるから旅行に行く時だけ試しに使ってみたい」という人には良いサービスなんじゃないかな?
気になったのでいくつかGoProレンタルサービスを調べてみました。
その中でも個人的に「DMMいろいろレンタル」でGoProをレンタルするのが手軽で保証もついてよいのではないかと思いました。
いろいろレンタルとは?
ドレスやバッグなどのファッションアイテム、季節のイベントグッズ、家電や旅行用品などをレンタルできるサービスです。ネットでご希望の商品とレンタル期間を指定するだけでご自宅まで送料無料でお届けします。返却はお電話で集荷依頼をするだけで、配達員がご自宅まで集荷に伺います。または、ご自身で最寄りの佐川急便の営業所に持ち込んで返却いただくことも可能です。月額料金は不要なので、必要な時に、必要なものだけレンタルすることができます。
こんなかんじで借りる時も返す時もお手軽そうで、気軽に借りれそうですね。
DMMいろいろレンタル入会にあたって月額料金不要ってのもポイントが高い!
保証もしっかり!
DMMいろいろレンタルではお客様に安心して快適にレンタルしたいただけるように万が一、汚損・破損してしまっても修理費用を請求しません。
しかも安心レンタル制度の適用に追加費用は一切なし!全ての商品に適用されています。
通常の利用の範囲での汚損・破損では修理費用を請求されることはないので借りる前の不安がなく、安心してご利用いただけます。
DMMなんでもレンタルでは今年の8月よりGoPRO HERO5 blackのレンタルを開始するとのこと!
レンタル料金は2日間で4240円から。
友達と旅行の時にレンタルする!って場合は友達と割り勘したらかなりお手軽な価格で「#GoProのある生活」ができるわけです。笑
今年の夏は旅行のお供にGoProをってのもありなんじゃないでしょうか!
ゆとり世代の自分が徐々にX JAPANにハマっていくお話
90年代に一世を風靡し、「ヴィジュアル系」という日本独自の音楽ジャンルを確立したX JAPAN。
97年に人気絶頂のときに解散。
そして、誰よりも解散に反対していたギタリストのHIDEの急逝。ヴォーカルのTOSHIの洗脳騒動…。
2008年に再結成し再結成後も様々な困難を乗り越え2017年になっても、大阪城ホール2Days、横浜アリーナ4Daysを成功させるなどその圧倒的なパワーは健在。
私が、人生で初めて自分でチケットを買って行った(参戦した)ライブは2008年のX JAPANの復活コンサート。
それから、2010年の日産スタジアム、2014年の横浜アリーナ、2015年のLUNATIC FEST.、横浜アリーナ、ガイシホール、2016年のVISUAL JAPAN SUMMITなど、ちょくちょくXのライブを追いかけてきました。
今年の横浜アリーナは都合が悪くいけませんでしたが…。
物心ついた時にはすでに解散していたX JAPANを知り、ハマるきっかけを与えてくれたのは自分の中では「youtube」や「ニコニコ動画」の動画共有サイトの存在が大きかったのかなと、、
ゆとり世代自分(現在20代)が親の世代(現在50代)でもあるX JAPANにハマり、追っかけるようになったのかすこし振り返ってみました。
「X」を知ったきっかけは洗脳中のToshiのおかげ?(05年)
自分の世代(私は93年生まれです)では、97年のX JAPAN解散時にはまだ4歳。
X JAPANなんてものは親がファンでもない限りは知らないわけです。
しかし、2005年。
自分が小学6年生の頃、地元のホールに「元X JAPANのToshiがやってくる!」みたいな催し物があり行ったわけです。
当時、Toshiは洗脳中であり、「詩旅(うたたび)」と称して心酔していた自己啓発セミナーにお金を収めるために全国各地をギター一本持ってドサ周りしていました。
Toshiがセミナーを脱会し、洗脳されていた12年間を振り返ったこの本では
長年にわたり、人を騙し続けること。それはある意味「人を殺害する」その行為以上に残虐ともいえる。
人の心を操り、それをどこまでも繰り返すこと、それが「洗脳」という恐ろしさである。
「洗脳 地獄の12年からの生還」より引用
こう書かれています。
Toshl(セミナーを脱会したあとの表記はこうなりましたw)の体験はページを読み進めて行くのが嫌になるほど恐ろしいものでした。
そして、自分も弱っているときにこういった「洗脳」される可能性があるなと、読み終えるころには思いました。
さて、話を戻しましょう。
当時小6の自分はそんなこともいざしらず、洗脳中のToshiのチャリティーコンサート(今思えばチャリティーコンサートだったのか??)に親と向かいました。
正直圧倒されました。あの時のことは今でも覚えています。
Toshiの声の高さ、声量、歌のうまさ。
こんなにきれいな声の人がいるなんて。
それと同時に覚えているのが、「X JAPANというバンドでスターになってもほんとうは虚しかった。つらかった。」というToshiの言葉。
自分が「X JAPANってどういう人たちだったの?」と親に聞くと
「あんまり詳しくないけど髪の毛逆立てて化粧して熱狂的なファンが多かった。」
とのこと。
肩掛けセーターをしているこのToshiが髪の毛逆立てて歌っていた…?想像できない。
と、当時の自分は思いました。
中学1年生、youtubeで「X」をみて衝撃を受ける(06年)
わからないこと、気になることがあったらインターネットで検索して調べる。
その習慣が当時からあったので、洗脳中のToshiを見て「X」に興味がでた自分は家のパソコンで「X」についてひたすら調べました。
X JAPANが解散した97年はインターネットが普及し始めていた頃だったので、当時のファンが開設したHPなどを読んでいました。いまでは見れなくなったものも多いのですが…。
そして、詩旅でToshiとX JAPANについて知った翌年。2006年。
パソコンオタクだった私はなんとなく「youtube」の存在を知り、なんとなく検索バーに「X JAPAN」と打ち込み検索。
衝撃を受けることとなる……
曲めっちゃ速いし、ギターの人の髪赤だし、TOSHIが激しく歌ってる!去年みたToshiとは別人じゃん!
その時初めて見た映像は、97年末のMステスーパーライブの紅だったかな?
そして、LAST LIVEの映像。
あのTOSHIが東京ドームを埋め尽くす5万人の観客に対して一人で「気合入れてけ!」とか「やるときゃやれよオイ!」とかめっちゃ観客を煽りまくってる
この体育会系的?ヤンキー的なノリも自分にとって新鮮でした。
そして、それに応える観客たち。
音楽ってこんなに人を熱狂させることができるのか、、と当時中1の自分は驚きました。
詩旅のToshiさんは「スターになっても虚しかった」なんて言ってても、TOSHIさんめっちゃすごい人やん…と思うわけで。
そんなこんなで
あっという間に解散していたXのファンになってしまったのです。
「間違ったことをX JAPANで広めてきた」
と詩旅のToshiは言っていたので、かつてのXのTOSHIをみてかっこいい!と思うのは良くないのかな?と多少の疑問を抱きつつ、、
それからというもの、音楽など興味なかった自分が毎日学校から帰ってくるとyoutubeでX JAPANのライブ映像を検索して鑑賞する日々になりました。
また、もう一つ受けた衝撃。
バラード曲が同じバンドとは思えないほど美しい
いや、まぁXの場合どの曲もピアノが入ったりストリングスが入ったりしてるんですけどね。
髪の毛逆立てて「紅」を演奏していた人たちが「ENDLESS RAIN」や「Say Anything」を演奏するなんてね……そのギャップにもやられました。
ラストライブの「ENDLESS RAIN」。
音楽でここまで人を熱狂させることができるか!と思ったのに対して、こちらでは、音楽ってここまで人を泣かせるのか、感動させるのかと。。
今見ても、メンバーのところをひとりひとりまわって歌っていくTOSHIが泣けます。
X-JAPAN THE LAST LIVE 完全版 [DVD] | ||||
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中学2年生、ニコ動でXの動画に「弾幕」をつける(07年)
話それるんですけど、2007年当初の「ニコニコ動画」ってyoutubeから動画をひっぱってきて動画上にコメントを打ちながら鑑賞するサービスだったって覚えてる人どれくらいいますかね…?
そんなこんなでネットオタクだった自分は、「ニコ動」の存在を知りこちらでも「X JAPAN」の動画を検索しまくるわけです。
そして、「弾幕」をつけるわけです。
「弾幕」の文化って今でもあるのかな??
YOSHIKIのツーバスドラムにあわせて、「ドコドコドコドコドコドコ」とか「dkdkdkdkdkdkdk」とう字幕で埋め尽くされてるのみて自分もやってましたw
また、コメントを流れながら動画を観るのでいろいろな知識がつくわけです。
たとえば、93年(自分が生れた年だ…)のRETURNSで披露された1曲で30分間もある「ART OF LIFE」では「このとき実はHIDEが熱出してるんだよな」とか、、
また、80年代に流行ったテレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」に出演していたXを観て爆笑。
番組で、人気の無い食堂をプロデュース→新装開店祝いでXがライブ→TOSHIが店の備品を破壊→素になって謝るという一連の流れ。笑
これは、
「いくら良い曲を作っていても聴いてもらえなければ意味が無い」という考えから「知名度が必要」と判断し、日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「ヘビメタコーナー」に出演していた[注 2]。「早朝シリーズ」(就寝中の芸能人の部屋に侵入してバズーカなどの爆音で起こす名物コーナー)の一つである「早朝ヘビメタ」や、ステージ衣装のままで競技を行う「ヘビメタ運動会」などで話題となる。狭い食堂で「オルガスム」を演奏する同番組の企画「やしろ食堂ライブ」は、HIDEのX加入後の初仕事となった。しかしその世界観を硬派なイメージで保とうとする当時の音楽業界、特にロック界の風潮の中で「(音楽番組以外の)テレビ出演」はタブー視されていたため、業界関係者や他のバンドから「ヘヴィメタルをお笑いネタにされた」として厄介者のレッテルを貼られていた。
wiki より。
とのことらしく、当時かなり叩かれたそうですが音楽で感動させる絶対的な自信があったからこその戦略ですよね YOSHIKI恐るべし。。
Xの曲を歌わせるうp主(=投稿主)がたくさんいたように思います。
途中、TOSHIみたいに「気合いれてけ!」とかシャウトさせたりして。
そうしてXの歴史みたいなものをネット上で独学で学びますます惹かれていくうちに
「X JAPAN 再結成」の話が流れてきます。
X再結成 「I.V.」PV公開収録(07年)
X再結成について様々な噂が流れる中
2007年10月しばらくまったく更新がなかったXの公式HPが更新されました。
・X JAPAN 新曲「I.V.」にて世界デビュー
・ハリウッド映画「SAWⅣ」のメインテーマに「I.V.」が採用
・亡くなったHIDEのギター音源もサンプリングして取り入れられている
・お台場アクアシティにて公開プロモーションビデオ撮影決定!
公開プロモーションビデオ撮影当日。
当時は関東に住んでいないし、中学生だったのでまじめに塾に向かいましたが当然落ち着きませんw
「今後の、Xのメンバーが約10年ぶりに集結しているのか…」と。
TOSHIはどんな感じにでてくるのかな、とw
塾から帰宅し、現場にいたファンがyoutubeにあげるPV撮影の様子をひたすらみていました。
そして、新曲「I.V.」は紛れもなくXの曲だと。。
HIDEの位置にはHIDEモデルのギターとマイクスタンドがあり、そこがすこしさみしくもあり、、
あのTOSHIがまたサングラスかけてメンバーと仲良く話しているのをみてほっこりしたり…
そして、撮影後YOSHIKIの口から
「来春、コンサートをやります!」と。
それを聞いた瞬間、「どうすれば来年の春に行われるXのコンサートに行けるのか」をひたすら考える日々。
中学3年生、X JAPANの「攻撃再開」へ行く(08年)
年が明け、X JAPAN復活コンサートの詳細が明らかに。
・タイトルは「攻撃再開 2008 I.V.~破滅に向かって~」
・3/28、3/30日にそれぞれ「破壊の夜」「創造の夜」
→後に追加公演として3/29「無謀な夜」
・HIDEの音源とともに演奏。一部サポートメンバーを入れる
当時、中学生で携帯電話を持っていない自分はチケット先行が行われる「YOSHIKI mobile」に入会することもできないし途方に暮れていました。
しかし、実は若いころXのファンだったという叔父が3Days最終日の「創造の夜」のチケットを取ってくれました。
(灯台下暗し…というやつですかね
チケット代金はお年玉貯金より捻出w
復活初日はWOWOWで放送されたのですが、加入していないためニュースでコンサートの様子を知ることに。
開演2時間以上押した?初日からYOSHIKI倒れた??
高まる不安。
次の日には
10年ぶりのXジャンプで東京ドームが揺れたそうな。一安心。
そんなわけで、実はファンだった叔父と、私の保護者としてまったくXに興味がない母(HIDEと生れた年が同じ)、私で東京ドームへ向かうことに。
東京駅に降り立った瞬間おどろきました。
目の前にTOSHIとYOSHIKI(のコスプレ)が歩いてる!!
この時点で「自分はこれからほんとうにX JAPANのライブを観れるんだ…。」と実感しました。
水道橋駅から東京ドームへ。
コスプレの人たちが気合入れをしている!!
これも、映像の中でしかみれなかった光景。
付き添いの母はすこし引いているww
東京ドームの中へ。
広い……解散して空白の10年間があったのも関わらずこれだけの人を集めるXのすごさ。
客電が落ち大歓声。
モニターにはYOSHIKIとTOSHIの姿!
聞こえてくるのはTears
1コーラスの終わりでステージを覆っていたベールが落ちて、PATAとHEATHも加わりバンドでの演奏へ。
ギターソロではHIDEの映像がスクリーンに現れ、PATAとのツインリードのソロ。
Tearsの演奏が終わると映像で何回も聞いたSEが…
「Introducing "X JAPAN"japan japan.........! 」
Rusty Naillでは、HIDEの立ち位置にあるスクリーンがありまさに5人のX JAPAN!
「10年間分の愛とデッカイ真心を込めて。最後までてめぇら気合入れてけ!」
「スタンド!アリーナに負けんなよ!」
「アリーナ!隣の奴に絶対に負けんなよ!」
あぁ、動画サイトで幾度となく聞いてきたTOSHIのあの煽りだ!
生で聞くことができるなんて!とそんなところにまで感動w
いままで、「Xの時は辛かった」と言っていたことが嘘のようにXのコンサートを楽しむTOSHIが印象に残りました。
当時のことを振り返って興奮し長々と書いてしまいましたが
この辺で止めておきましょうw
生身のHIDEが残念ながらそこに居なくても、居るような…
もう映像でしか見れないと思っていたX JAPANのコンサートがたしかにそこにはありました。
ちなみに、私の保護者としてついてきたまったくXに興味が無かった母ですが…
この日Xがみせた素晴らしいコンサートのおかげでファンになりましたww
コンサート映像を動画共有サイトにアップロードするのは悪いことなのか
いや、ふつうに悪いことなんですけどね。
大学に入って自分と同世代でX JAPANのファンの友達がたくさんできました。
「どうして、Xを知ったの?」と聞くと
自分と同じく
youtubeなど動画サイトで見ているうちにハマった
でした。
商品として売られた、ブルーレイやDVD、その昔はVHSのコンサート映像をyoutubeなどの動画共有サイトにアップロードすることは当然やってはいけないことです。
しかし、自分やその友達のようにインターネットが普及して
自分が幼い頃にあったすばらしいもの(→X JAPAN)
を知る機会があったことは幸運なことだったと今になって思います。
YOSHIKI自身も、解散している間にインターネットを通じて若いファンや海外のファンが増えたと言っていました。
また、HIDEは今から20年ほど前にはすでにそういった構想が頭の中にあったようで…
hideは初めて会った1997年から、自分でホームページを作リ、ブログやBBSもやっていたんです。hideが亡くなる10ヶ月くらい前にイベントをやったんですが、青山近郊の5ヶ所のクラブでオールナイトで遊べるイベントだったんですね。そうしたらhideが「インターネットでオープニングを飾ろう!」と言うわけですよ。それで17インチのモニターを各クラブにおいて、ネット回線につないでリアルタイムで映像を流しました。ファンの子もよくわからないけど「すごい!」って盛り上がって(笑)。それがたった5秒くらいだったんですけど結構お金がかかったんですよね(笑)。hideに「なんでこんなことやるの?」と聞いても毎回「これからはインターネットの時代だよ」みたいなことを言っていたんですよ。その頃から「インターネットや携帯で音楽を聴く世の中になるから早くやろうよ」とうるさかったんです。
hideが導いた上場というステージ 株式会社エムアップ 代表取締役 美藤宏一郎氏、取締役 姉帯恒氏インタビュー | Musicman-NET より引用
彼のヴィジュアルや音楽性だけでなく、そういったインターネットに関する先見の明があっただけに今生きていればどんな活動をしていたのか残念でなりません。
悔やんでいても仕方ないのですが。
X JAPANのこれからは?
07年の再結成時のコメントでYOSHIKIは「Xをきれいに終わらせるための短期間の再結成。」という発言もありましたが、
香港、台湾で海外公演したり
Toshlが洗脳団体から帰ってきたり
元ベースのTAIJIとの共演
マディソンスクエアガーデン、ウェンブリーアリーナでのコンサート
などなどで、2017年の現在でも活動しております。
08年頃からいっていたニューアルバムはでてないんですけどね!
YOSHIKIが首の手術した関係もあるということにして、気長に待ちます……。
これからも世界に向けて活動していくことでしょう。
せめて、再結成後の映像作品出してほしいなぁ。。
あなたの運命共同体になりませんか?
かつての自分のようにすこしでも興味がでてきたらyoutubeなどでも動画を見ていただきたい!
(現在では違法アップロードだけでなくYOSHIKI公式チャンネルでライブ映像が公開されていたりもします
そして、好きになったらちゃんとDVDやブルーレイ、書籍などを購入しましょう!
いくつかおすすめ載せときます。
X JAPAN THE LAST LIVE(1997年)
X-JAPAN THE LAST LIVE 完全版 [DVD] | ||||
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97年にTOSHIが脱退し、解散。その年末にファンに対してけじめをつけるために解散しているが行われたラストライブ。
ラストライブということでメンバー間に緊張感がありますが、それがまたこのときにしかない良さのように感じます。
これがまさかHIDE生前最後のライブになるとは……。
何度見てもかっこよくて切ないライブです。現場に居たかった。
X JAPAN RETURUNS(93年)
X JAPAN RETURNS 完全版 DVD-BOX | ||||
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自分が生まれた年のライブとして個人的に思い入れがあるのでw
XからX JAPANになり初のライブであり、HEATHお披露目ライブ(バンド加入後初のライブが東京ドームって…w
TOSHIが髪の毛を逆立てていた最後のライブでもあります。
そして、30分間の超大作「ART OF LIFE」をフルで演奏した2Daysでした。
2日目のART OF LIFE終えた後のメンバーの達成感に満ちた顔は素敵です!
THE WORLD ~X JAPAN 初の世界ベスト~
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1989年のメジャーデビュー25周年を記念して発売された全世界ベスト。
Xにハマって一通り代表曲を聴きたいならこれで十分です!
また、再結成のきっかけのひとつでもあったHIDEの追悼曲「Without You」もライブ音源ですが収録されています。
ドキュメンタリー映画「We are X」
WE ARE X Blu-ray スペシャル・エディション(Blu-ray3枚組) | ||||
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2017年公開になったハリウッド映画の監督がXの歩んできた道のりを記録したドキュメンタリー映画「We are X」。
メンバーのインタビューだけでなく、中学生の頃、狂ったようにyoutubeで過去のXの映像を漁っていた自分でさえもみたことのない貴重な映像の数々が登場しおどろきました。
Xに興味がないひとでもつい見入ってしまうような、ドキュメンタリー映画としても良い作品だと思います。
TAIJIの脱退理由についてきかれたYOSHIKIがうまくかわしたところは残念でしたが…
映画館で観た自分は、観終わった後「うわぁーがんばって生きよう。」大げさかもしれませんがそんな気持ちになりました。
すべての始まり エックスという青春
すべての始まり―エックスという青春 | ||||
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インディーズ時代から東京ドーム3DaysまでXと共に走り続けた音楽プロデューサーの方が書かれた本です。
YOSHIKI TOSHI PATA HIDE TAIJIの5人の若者が夢に向かってがむしゃらに走っていく青春の物語が描かれた本とも言えますw
メンバーが宿や居酒屋などで暴れるためにバンドの経費に「破壊費」があったことや、
「立つベッド」、TOSHIのあのMCができた経緯など楽しく読めるかと思います。
洗脳 地獄の12年間からの生還
洗脳 地獄の12年からの生還 | ||||
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2014年に発売されたToshlの本です。
Xを脱退、解散するきっかけとなった妻との出会い、そしてそこから繋がっていった自己啓発セミナーによる暴力、HIDEの死、ドサ周りの日々、Xの再結成について赤裸々に描かれています。
LAST LIVEの日にも自己啓発セミナーからの暴行を受けていたそうで。この本を読んでからLAST LIVEの映像を観るとまたちがった視点から観れるかと…。
こうやっていろいろ見ていくと今この時代にX JAPANが存在して活動していることが奇跡のように思えます。(なんかもう宗教の信者っぽいけどw
自分がちまちま書いた文を読んですこしでもX JAPANに興味を持ってくれる方がいたら……
そして、HIDEやTAIJIというすばらしいミュージシャンが日本にはいたことを知ってほしいと思います。
以上!